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2009年05月06日(水)

思い出話―連載その2 ジャングルのホテルの思い出話と苦労話

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こんにちは、お待たせしました。
海辺のホテルからの出発です。
では、ジャングルツアーへご招待しましょう。
ミリの町から、ツインオッタ―という19人乗りの飛行機で約45分。ほんとうに海のような広大な樹海旅行です。小さな飛行機ですが、プロペラがとまっても滑空する世界一安全な機と言われています。

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どうです?まさに樹木の海です。
低空飛行なので、景色を楽しめ、退屈しません。

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ジャングルを縫うように流れるムル川です。
ジャングルの土が流れ込み、栄養豊富な水のため、にごっていますが、絶景です。

ムル村にあるグヌンムル国立公園は、2000年に世界自然遺産に登録されています。
ジャンボ機が40機も入る大きな洞窟をはじめ、4つの珍しくも美しい洞窟が公開され、土地は石灰岩質からなり、数億年前に隆起によってできた、グヌン・ムルという山に囲まれた村、ムルへ向かいます。

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飛行機からホテルが見えてきました。
ジャングルの中に忽然と現れます。
感動しますよ。
雨が多く、水はけはよいのですが、すぐに洪水のようになるために、地元の家屋にならい、3mの高床式の建物です。写真では本棟を中心とした一部しか見えてませんが、森の奥にずっと延びるようにシャレー棟が続きます。


小さな空港へ降り立つと、日差しが強く、まずは「アツー!」です。
でも到着時刻に合わせ、ホテルの車がお出迎え、5分でホテルに到着します。

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ホテルエントランスです。
瀟洒な雰囲気ですが、広大な敷地に鳥が羽を伸ばしたように建っています。

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ゲストのお荷物はすべて、リヤカーならぬ
フロントカー自転車でお部屋までお運びします。

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たまに一緒に乗るゲストもあります。
わかりにくい図ですが、森の奥に続くシャレー棟はこんなに延びています。

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だからこんなウオークウエイで棟と棟をつないでいます。ホテルの中もジャングルです。
リスなどの動物も見れますよ。
自生する天然のマンゴーもそこかしこに。なにしろ食べて種をぺっと吐き出しておいたら、勝手に育つんです。

このホテルのロビーは秀逸です。

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一歩踏み入れた瞬間、熱い太陽の日差しを瞬時に忘れる、自然な木による涼感で、ほっとします。そのうえに自然の木による香りが、癒しの効果を発揮し、まさにリゾートに到着です。

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標準的なお部屋です。

使われている木は、開発時に切り倒した木を多く使っています。
ジャングルの中でも、熱いお湯も電気もちゃんとあります。
今はインターネットだってできちゃいますし、もちろん電話も。
天気が悪くなると通じにくくなりますが、、、。
エピソード@
開発当初、地元民に不安を与えたらしく、本当に川の上で、槍と吹き矢をもった反対派に囲まれ、サラワク州の軍隊に出動依頼をし、軍隊駐留のままホテル建設が始まりました。今はもちろん雇用の創出や、食材料の購入、観光収入の面で、地元民からは誇りとされています。

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ホテルは、メリナウ川のほとりにたち、ホテルの中もジャングルです。
ジャングルといっても、いわゆる猛獣はいません。川にはときおり毒をもつ川蛇を見ますが、それもはっきりとわかるので、逃げるチャンスはたっぷりあり、No Problem!(笑)

ワニを想像する人もいますが、下流にいけばワニもいますが
このホテルの周辺には生息しません。

人は、やはりジャングルの中で育っただけに
女性も男性も骨太のたくましい体型ですが、シャイで、温和です。

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メインの部族は、以前は、男は戦闘部族で、勝利の証に首を狩っていました。今も住居には昔のしゃれこうべが、悪霊を払うお守りとして飾られています。
女性は小柄な人が多く、足腰はたくましいですが、全体に華奢な雰囲気があり、とてもきれいな人が多いです。

後述しますが、ここの観光の目玉は洞窟巡りです。でもそれだけでは、一日で退屈します。
オープン当初、ホテル内アクティヴィティは自然なものが多いだけに、危険だの、その場合の補償が不安だのと本社も消極的で、シティホテルのようにご飯を食べて寝かせるだけのホテルでした。でもそれはゲスト満足に向かってないですよね。
また小さな飛行機(19人乗り)が一日3.5便しかなく、しかも飛行機は地元民の足でもありましたから、188室を埋めるゲストを運んでくることさえできませんでした。だからなんとか連泊をしてもらわないと商売あがったりです。

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そのため、敷地内にロッククライミング施設を作ったり、自転車やカヤックを貸し出したり、ナイトクルーズなどソフトなアクティヴィティもたくさん作りました。

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HPを見ると、今も残っているようで、とてもうれしく思っています。
特にナイトクルーズはおススメです。川の上流まで写真のように小舟でさかのぼり、帰りはエンジンを切って、川の流れにまかせて下りてきます。舟に寝ころぶと、そこには、降り落ちてこんばかりの満天の星、星、星、星、星、星、星、星、、、、忘れられません。

楽しいばかりのように書いてきましたが、実は同時に商売の上では、地獄の3年間でした。
タイのバーツ暴落を発端に引き起こされたアジアの経済危機は、マレーシア・マハティール元首相の計画をすべて振り出しに戻しました。
当時は、LOOK EAST政策と呼ばれ、日本に学び、日本に追いつけ、ともう少しで先進国の仲間入りを果たすかといわれたほどに経済発展を遂げました。
しかしヘッジファンドの猛威に一蹴され、私のホテルのインフラ整備も放置されたままになり、関空からの直行便も成田からの直行便も、サラワク州からは消えていきました。
マレーシア貨幣がドル変動制でないのは、マハティール氏の米国不信からなのは、ご存じでしたか?
こうした世界的な経済状況不安に加え、特に海辺のホテルは周囲の小さなレストランやバーにゲストをとられ、ディスコなどは毎日ゼロ来客。売上がないので予算ももらえず、従業員たちと手作業で、改修したり改造したり、でもそのおかげでディスコは、ゼロ来客から、一日600人の来店数に持ち上げるなど、初めてホテル全体で単年でトントンのところまで、、、、苦労しました。給料を払うのも、自転車操業でしたからね。会社員としての評価は上がりましたが、勝手にいろんなことをやったので、処分もされましたし。

そして、私にとっての決定的ダメージは、海辺のホテルでの異常な海水の変化でした。
もう少しで客室棟がもっていかれそうになる荒れ方の緊急事態で、お金はないし、安全は守らないといけないし、数か月、不安で眠れず、見る夢は、朝起きると私のベッドが海にぷかぷか浮いていて、、、、思い起こせば、ほんとうに恐怖でしたね。
それでも、やさしく忠実なスタッフに囲まれ、自然にも囲まれて、商売は地獄の3年、それでも人間的な、ほんとうに落ち着いた毎日が送れたこと、だから、また戻りたい3年なのです。
ホテルのお話も、写真も、際限なくありますので、このへんにして、自然遺産の洞窟のうち、有名なものを少し紹介しますが、これも長くなりますので、次回のお楽しみにします。

ムルのジャングルのホテル:
http://www.royalmuluresort.com/home.htm




Posted by 管理者 at 10時35分

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